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年別アーカイブ2022

脱穀2022.10.24

朝農協に行って水分量を測ってもらったらクリアできたので、いつもお願いするMさんに電話。明日の朝ということだったけど、夕方時間ができたからと急遽脱穀作業開始。奥のもち米からとりかかる。

今年は草刈りの手間を考えてあまり密植しないでいたので、収量はそんなに期待しない。もち米は袋いっぱいにパンパンになった。

どんどん機械に送る。

結局、全部合わせて5袋半でした。昨年よりは多いけど、密植を避けたので一昨年よりは少ない。早速明日精米して食べてみたい。

大鹿村の山

今年村役場の人に声をかけられ、村内の山の登山道の現状を見てきてほしいということだったので、あちこち歩いてレポート「大鹿村の山」にしました。

行ったのは次の各山です。先日NHKの取材班が大西山で遭難しましたが、今後の村内の山で活用ください。だいたいが村内の登山ルートはどこもあれています。

大西山

鬼面山

塩川登山道

北条坂

越路

小渋川ルート

 

飯田長野県駅~大鹿村内一周監視2022.10.22

三里塚の反対同盟の友達が遊びに来たので、飯田市から大鹿村内のリニア現地を案内した。

天竜川の橋梁。風越山を串刺しだ!

長野県駅予定地。

日向休の橋梁の現場。

釜沢先の林道から除山非常口を見下ろす。ここは2020年に沢が崩落した場所。真下にトンネル掘削地があり、かなりヤバい状況だったのがあらためてわかる。

この日は土曜日だったので、ダンプがヤード内に並んでいた。

「全部白ナンバーじゃないか」とTさんが言っていた。要するに個人事業者で、フリーランスのダンプ乗りがあちこちから集められている、ということ。

手前はヒ素入りの有害土。大鹿村長の熊谷さんは、大鹿村内に置いていいと言ってた。相変わらず無謀。

JR東海村

 今年の田んぼは友人知人に応援を頼んで、総勢9人で6畝に実った稲を刈ることができた。

 以前は2人で何日かかけてしていた。昨年は一人で田んぼができるか不安だった。不作だったものの手伝いを得ながら一人でやる段取りを何とかつけて一年を終えた。

今年は田んぼは6回目。一人でするのは2回目で少しは慣れてきた。東京から来てくれる人もいてほぼ1日で刈り取り、翌日稲架に掛けて終えることができた。やっぱり人数は大きい。水持ちのよくない手がかかる田んぼだけど、ワイワイみんなで賑やかに作業をすることは以前ならできなかっただろう。そこそこ実ったかな。

 

 ある朝、二軒上の畑に文満地区の村営住宅から通う北川さんがうちに立ち寄り、今日トビガス残土置き場についての住民説明会があると知らせてくれた。

「え、今日なの。回覧来てないよ」

 トビガス沢というのは、うちからも小渋川を挟んで向かいに見える大崩落地のことだ。林野庁が長年にわたり崩落防止の堰堤工事と緑化のための植林を続けている。その基部の川沿いに崩落した土が溜まっている。大鹿村が村内に残土を置けば、松川町に出る県道のダンプの通行量が減らせるという、JR東海の口車に乗って、そこに残土置き場を置いたらいいんじゃないかと村が言い出したのが2018年ごろ。

地区の住民懇談会でも「無茶だ」という声が出て、いろいろ疑問も出たところ、村は県の専門家会議に検討をしてもらって、堅牢な構造をJRが提案し、お墨付きをもらって説明会に臨むつもりだったようだ。

 説明会をするというのは新聞記事に出ていたので知っていたけど、日付は隠していたらしい。村のホームページを見ても載っていない。今までは回覧をしていたので、反対派対策として、なるべく周知しないように説明会を開こうとした。姑息だ。

 夜7時に説明会に行くと、ひな壇のJRの連中と村長以下4人、それにフロアの席は作業着姿の人たちで後ろのほうから埋まっていた。今までも村役場の人たちが村長に言われて来ているのはあったのが、はじめて業者の作業着を来た一群がいた。というわけで、工事と無関係の住民は、前方のほうに10人かそこら座っているだけだった。

 JRの説明の後手を挙げて「中身に入る前に」としゃべりはじめると、いつも反対の質問のときに妨害してくる住民が「名前を言ってください」とすかさず発言。周知について聞くと同朋無線とホームページで周知したという。「ホームページには載ってませんよ」と言うと新しい村長の熊谷英俊さんはオタオタしていた。

すると先ほどの住民が「同朋無線を聞くのは義務だろ」とまた妨害してくる。「なんでそれが義務になるんですか」と言い返すと、「安全のための無線を聞くのは義務だ」とかなんとか言っている。同朋無線を聞かないと住民を見殺しにする村、大鹿。

 ちなみに似たやり取りを昔ホームページに書いたところ「宗像がホームページで『役場のイヌ』と呼んでいる」という噂を立てられたことがある。今回は何と言われるかな。

 結局、前に座っている10人ほどのうちの半分も、動員されてきたというのがわかったのは終わり間際だ。

ぼくが9時も過ぎて何度目かの質問しようとしたら、もう一人が手を挙げたのでマイクを渡した。「もう長いので終了の動議を出したいです。質問は紙に書いて後で出せばいいんじゃないか」と言い出した。「そりゃおかしいでしょ。聞きたくなければ帰ればいいじゃないですか」というと、ぞろぞろと右半分に座っていた住民が退席していった。

以前「無茶だ」と言っていた人も、「じゃあ帰ろう」と聞えよがしに言っていた。リニアに反対してきた人だけに、こういうのは本当に傷つく。村内に残土を置いて土曜のダンプ運行が止まるなら受け入れやむなしということのようだ。

ところが、この日配られたJRの配ったスケジュールでは、2026年度(2027年3月)までの残土運搬が明記されていた。かねてからJRは、トンネル掘削後、ガイドウェイの整備に1年、走行試験に1年、計2年がかかると言っていた。開業が間に合わないのを静岡のせいにするのはうそだったし、スケジュールを強調して住民に我慢を強いるのも作戦だ。都内のシールドが止まっているのを指摘して、北川さんは中断を求めていた。

計画は学校や福祉施設、役場もある村の中心部の上部の河川敷に残土27万㎥を置くものだ。村やJRが設計や管理維持体制の万全さを言えば言うほど、「そんな危険なところに置くなよ」という思いが強まる。ほかの住民も河川内の構造物が、土砂災害時に堰止湖の役割を果たし、下流の被害を大きくする可能性を指摘した。管理維持の責任を負うJRが存続しなくなったらどうするのかと聞くと「村が責任を負う」と村長が言って、そうじゃなくてJRの後継団体が引き継ぐようにすべきでしょう、とほかの住民からも口を開き、JRが今度は善処を表明する。

JRがトンネルから出て行き場所もないままに仮置きしていた、ヒ素などの入った有害土について、村内に置かないように求めると、また村長が、有害物質も薄めたものは人体が日ごろから摂取している、安全対策が十分なら引き取ってもいいと言い出す。深く物事を考えずに、調子を振りまくのが身についているようだ。

後日、用意した文書を読み上げて、残土置き場の危険性を指摘して反対した方の家を訪問した。「久しぶりだなあ」と言われて「入口は閉めたほうがいい」とパイプ椅子を用意してくれた。「ぼくも久しぶりにチラシを作ろうと思って。先日の発言を載せさせてもらえないかと……」

この残土置き場は危険なものだ。説明会でも質問したが、村は他の同様の事例を調べてもいない。ぼくは下流部の住民ではないけど、つまり前例のないバクチに住民を巻き込もうとしているのはわかる。でも正直、この2年ほどは村内のことについてやる気にならなかった。

役場がからむと、本を資料館から撤去させられたり、印刷機の貸し出しができなくさせられたり、いろいろ嫌がらせを受ける。リニアのことで出会っていっしょになった相手に、2年前にポイと捨てられているのでダメージは大きかった。南アルプスの自然破壊には発言したけど、越路を出すだけで精いっぱいで、村内のことで自分が役に立とうという気が起きなかった。

そうはいっても、助けになってくれる人も村にはいるので、知っていることやいろんな意見があるということは、伝えておこうかと出向いたのだ。

ぼくの意見とはまた違うことをひとしきり口にして、その方は、説明会で読み上げた手書きの文書を手渡してくれた。

(「越路」30号、たらたらと読み切り170、2022.10.17)