午前中の好天が期待できたので、小渋川から赤石岳に登ろうと思って、朝4時に起きて釜沢に向かった。
ゲートは入れたので先まで車で行ってみた。
ところが林道は倒木に覆われ、その先は大崩落。
崩落を越えてちょっと先まで行ってみたのだけど、その先もさらに崩落。これを直すのは時間がかかるだろうなあと思う。
自転車を持ってきたのだけど、徒歩でもここを越えるのはかなり危険を伴うのでやめたほうがよい。
あきらめて鳥倉林道から三伏峠へと転戦することにした。
5月の末に大聖平から広河原を経て湯折に下山した。残雪は稜線付近と北面に残っていて、まさかとは思ったがピッケルを駆使することになった。もっていってよかったけど、登山天国だ。
遭対協の人にだいぶ注意したこともあって、大聖寺平から広河原小屋までピンクのペナントがベタ打ちしてある。
というのは2年前の遭難はどう考えても道迷いなので、同じ時期にこのルートをトレースしたぼくたちは口を酸っぱくしてルート整備を言った。
ところが、ルートは倒木だらけで、昨年の台風19号のこともあるのか、さらに倍になって、もはやペナントがあっても道が不明なくらいのあれ具合。
ここの登山ルートは大鹿村の管轄だという。しかし一切放置。議員に「そのうち訴えられますよ」と言ったことがある。実際、毎年遭難事故が起きているので、半分は村役場の責任だろうと思う。奥入瀬渓谷では、落ちてきた枝で怪我をした観光客が管理者の国(林野庁)を訴え、国が敗訴している。
大鹿村も鳥倉林道が閉鎖されているときに、落ちてきた石に当たって亡くなった事故で訴えられて敗訴している。閉鎖しようがしまいが、「自己責任です」なんて言い逃れはお白洲では通用しない。
ちなみに、3期目の現村政になって村は3回訴えられ、2回敗訴している。
村役場の役人の対応を見ていると、村役場で通じることが他人にも通用すると横柄な態度に出て、かえって相手を怒らせてこじらせている場面が非常に多い。ぼくも何度か遭難事故にかかわったことがあるが、遭難者遺族は山がにくい人もいるし、山にかかわる関係者に敵意を向ける人ももちろんいる。はこういう態度は一番アウトだ。
議員もイエスマンなので、「村じゃしょうがないのよ」という態度で、チェックしないので、つけは損害賠償の税金という形で住民に行く。民間企業の論理ばかりがいいとはいわないが、コスト意識がまったくないとこうなる。かなり末期的。
ペナント打ちはルート探しのだいご味をなくすかもしれないが、このルートは地形図にも「山と高原地図」にも出て紹介されているし、湯折には登山ポストと村の案内掲示が出ているので、「知りません」ではどう考えてもすまない。次の遭難者が出ないうちに、チェーンソーで流木の撤去作業をしたほうがいい。5人で1泊で作業すればすぐ終わる。800万を文化交流事業につかうなら、こっちが先だろう。
七釜橋左岸の護岸は台風19号で流出していた。
大鹿村の人でも行ったことがある人は限られるし、その存在自体知らない人も多いと思うけど、南アルプスで一番古い山小屋が小渋川の上流の広河原にある。
村は、文化交流施設に3億の金をかけると言っている。しかし、それで案内する先の施設は老朽化の一途をたどり、手入れもしない。放置だ。
2年以上放置されている。どうしてわかるかというと、2年前の秋に来たときに遭難者が残していった服がまだかかったままだったからだ。
内部はきちんと手入れをしさえすれば建物もしっかりしているのでまだまだ使えるし、文化財としての価値もあると思うのだけれど、無人の小屋は大事にしないし、焚火をするために材が燃やされて消えてなくなった小屋だってある。まだ少ないけど、入口付近にはごみが置かれて、誰かが置くと増えていくので、そろそろリミットだ。
周囲の自然はすばらしいので動物の楽園と登山者の天国だ。みんなやってきてね。