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月別アーカイブ10月 2020

工事延長、お祭り始まる

座り込み現場に行くと土曜日なのだけど今日は業者も来ていない。

携帯がなって、お別れ会の代わりに赤飯を炊いたので取りに来いと呼び出されていく。

川原の各戸には、県職員の面会拒否の看板が出ている。

写真を撮らせてください、というと隣近所の仲良しも呼び出して撮影大会。

長崎県は今朝の新聞で、付け替え道路の工事を2か月延長したと表明している。座り込みが効いている。

お昼休みはいただいたお弁当を河原で食べた。

今日から明日まで、かつて田んぼだった土地の上でふるさと田んぼ祭りが開催。買収された土地も、県が強奪していった土地も、全部公有地。「みんなのものじゃない」とお祭り決行。今日は15夜、これからお月見。

長崎県のジャーナリスト返し

石木ダム建設現地、長崎県川棚町川原滞在5日目。

今日の顔ぶれはほぼ地区の人。でも知らない人もいたり、妹がいるから応援に来たという人もいる。

長崎県はジャーナリストに許可をとれという掲示を出してきた。

火曜日に田中課長に誰何されたので無視していたら、その報復なのだろう。ジャーナリストのみなさん、無視しましょう。

座り込み盛況

石木ダム建設の建設計画がある、長崎県川棚町川原4日目。10月29日。

現地の70代近くの人たちは毎日座り込み現場に出てきている。現地阻止の経験がないわけではないが、これがけっこう消耗するのは1日やってみてわかった。というわけで、とりあえず滞在中は座り込みに参加してみて、一週間やってみたらどうなるのかを経験してみることにした。

この日は支援者も含めて30人以上が座り込みに参加した。記者さんも毎日現場に現れる。

そして、県の職員も今日は10人以上が登場。実に税金の無駄。

お母さんたちのまとめ役的な岩下すみ子さんにインタビューした。40年前の強制測量のときには反対運動もやったにしても3年前の取り付け道路の工事着工の現地阻止のときには、最初に女性たちがゲートの前に立ちはだかり、それがその後の現地行動の流れを作っていったようだ。ダミーの人形を作って人数をかさましししたり、狙い撃ちにされないように、マスクやお揃いの恰好でわからないようにしたり、いろいろ工夫したようだ。

岩下さんは佐世保の出身だそうで、石木ダムの水は佐世保市が利用することになっている。つまりこの事業は長崎県と佐世保市が進めている。佐世保市の水道局に行ってみた。こんな垂れ幕が掲げられている。そして佐世保市まではけっこう遠い。途中に峠もあって、ポンプアップが必要なうえ、どこの公共事業でもそうだけど、ダムの必要性はデータから見る限りない。

資料くださいと水道局の総務課に行くと、待たされて、2人体制で職員が出てきた(1人は記録係)。警戒している場合の職員あるある、なのだけど、いろいろ時間の無駄そうなので、「ホームページ見ます」と言って引き上げた。

夕暮れ時の川原の田んぼでは、週末の満月祭りの準備が進んでいて、フェスタあるあるのティピが立っていた。

仕掛け人の越智さんにもインタビュー。11月で、強制収容による明け渡し請求の1年になる。長崎県はこの機会に石木の工事を進めたいという意向を新聞で表明していたりする。注目してほしいしこの問題を知ってほしい、それがこのイベントの趣旨だそうだ。そして土曜日は満月。今日は一三夜で川原に月も出た。

川原(こうばる)の歌

石木ダム建設予定地の川原滞在3日目。遊びたいので虚空蔵山にGO!

木場地区のお茶畑を抜けると虚空蔵山が見えてくる。

1時間もかからない程度で登れる山なのだけど、登山道に入ると石段が整備されて修験の山だというのがわかる。

新道のほうは「冒険コース」になっていて、鎖場やはしごがところどころにある。

山頂から見た川原地区のある岩屋郷。川原川の真ん中にある小山の付近に堰堤ができる。左のほうに削れた斜面が取り付け道路。

川原地区と違って、上流の岩屋地区は早い段階で全戸が移転している。

途中、橋のあるところで湛水境の看板が出ていたので写真をとっていたら、近くで川を見ていたおじさんが話しかけてきた。

昔ここに住んでいた方で、懐かしいから見に来たのだという。「ダムはできる」「住民は追い詰められている」と話していたけど、岩屋権現と呼ばれる神社の管理をいまもしているらしく、せっかくだから見てきたらと勧められるままに神社に行く。

神社は岸壁に穿たれていて、人が1人通れるほどの穴を抜けると

神様が収められている。

川原まで戻ると、業者か県の職員が神主といっしょに降りてきた。

カメラを持った女性も向こうからやってきた。「死体でも出てきてお祓いでもしていたんじゃないのか」というので、職員は無視するので、神主に聞くと、「引っ越した家の屋敷神様を神社に移す儀式をしていたのだという」

せっかくなので、彼女にもインタビューをする。石丸ほずみさんは、「蛍の里の守り人」という映画で住民の似顔絵を描いていた方。

途中、ぼくが車を止めているのを、業者の西日本建設の車から社員が写真撮影している。長崎県の職員にしろ、業者にしろ、敵対的な態度がここでは露骨なのだけど、石丸さんの説明では、石木ダムの建設は西日本建設がもっぱら請け負っていて他の業者ややりたがらないのだという。

この日の座り込み現場では、女性陣が「川原の歌」をみんなで歌ってくれた。このメロディーがなかなかいい。10年ほど前に作られて、まだ取り付け道路が作られる前、ゲート前で工事を止めていたときには、みんなで並んで歌っていたという。

集落に戻ると、週末の満月フェスタの準備が進んでいた。どこもかしこも収容されて公有地になっているので、田んぼを会場にするのだという。